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「うん、寄りがあるからな、あんたはうちに帰つとんなさい」
根津はだまって答えなかった。その翌日、彼は城外で戦死した。
と、房一は自然と紅黒い顔をひきしめた。相沢は随分永い間、それこそ房一がうんざりするほど永い間こつちをのぞきこんでいたが、
「はい、若先生に代りに行つてもらへとおつしやいました」
「まさか!」
正文は黙つて聞いていたが、このときふいに今まで前屈みに折りたゝんでいた背をぐつと伸したやうに思はれた。そして、あの噛みつくやうな眼がぎろりと房一を一瞥した。
「梨地から水神淵へ降りる路ができたからね、そこへ出れば、帰りはずつと楽だ」
よそは住宅難だが、伊東には売家も貸家も多い。伊東は海山の幸にめぐまれて食糧事情がよかったが、東京も食糧事情がよくなったので、不便を忍んで通勤していた人たちが東京へ戻りはじめたのである。
「さうなんですよ。まあだ帰らないの」
「じゃそのお松まつと言う女はどうしたんです?」
で、この二人の間に交されたとんちんかんな立話は終りを告げた。
実際、練吉の滑つこい気持よくふくらんだ頬には、その時ちらりとした微笑の影がさしていた。
しかし、さういふ身体の忙しさより何よりこたへたものは、房一にとつては肉親の大病を診察するといふはじめての経験だつた。