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    房一は苦笑した。とにかく珍客にはちがひなかつた。そして、たつた今さつきまで房一は彼等のお見舞ひでわれ知らず興奮し、緊張し、それからあの半シャツの男と言葉の上でなく、眼と眼で、構へと構へでやりとりした、それが突風の去つた後のやうな軽いあつけなさを残していた。

    房一はその晩留置されることを覚悟していたが、幸ひに取調べは簡単に済んで、夜ふけになつて神原喜作と共に自動車で帰つて来た。この二人が本署まで同行させられたことはあらゆる方面に同情をひき起した。そして翌日になると、出張所の側でも遺憾の意を表し事件は落着した。

    やがて、鈍のろい、呆ぼけたやうな返事をしながら、房一の湯上りでよけい赤紅あかく輝く顔がのぞいた。彼はゆつくりと兵児帯をまきつけていた。だが、その様子とはおよそ反対な強きつい、きらりと光る目で、盛子のうしろに、半泣きになつた、取乱した青い顔で立つている徳次の妻、ときを見た。

    房一は庄谷の後で時々目を開けていたが、間もなくすつかりつむつてしまつた。ゆるく尻をひつぱる読経の声、時々ふいに高くなり、途切れ、又ゆるやかにつゞくその倦だるい音は、それにつれて聞いている者に次々ととりとめもない考へを追ひかけさせ、立ちどまらせ、又流れさせた。

    その場に居合せた道平を見かけても、小谷はあんまり紙衣裳に気をとられていたので、それが大病の後でやつと起き出した珍しい姿だといふことに心づかなかつた。が、大分たつて思ひ出した小谷は、

    「それをよこしたまへ。二足なんていらんよ」

    「さうですか、さうですか。それは、いや、ごていねいなことで」

    もう一月あまり前から気づいていたのだが、はつきりしなかつた。云はうか云ふまいかと迷つていた。たつた今、大きな麦藁帽子の縁で半ば隠されてはいるが、むくれ上つた幅の広い肩がぴよいぴよい目の前を歩いてゆくのを見ているうち、突然云ひやうのない親しさの感覚に捕へられた。打ち明けてみたくなつた。何にも如らないで、こんなに変な風に脚を丸出しにして、私にはおかまひなしに先を歩いている!

    日々は平凡に単調に過ぎて行つた。

    「いや、鳴つた。出張所の鐘がたしかに鳴つていた」

    そこには、房一の紅黒い、怒張した顔があつた。いつのまにやつて来たのだらう、徳次はぎゆつと片手で押へつけられたまゝだつた。そして、房一の怒声を聞いた。

    云ひ終ると、直造は叮重ていちように頭を下げた。

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