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    「すまんでしたな、長話をして」

    「はあ、はあ」

    それから、房一は歩きながら漠然とした沈思に落ちた。

    今それを思ひ浮べたとき、房一はふいに一種の怒気を感じた。それは疾やましさのないはげしい敵意、何かしらぐつと相手を地面まで押しつぶしてしまひたいほどの、腹の底からこみ上げて来る得体のしれない力だつた。

    「おれはまだ一本立ちの医者といふわけにはいかない」

    と云つたまゝ、もの珍らしげに、しばらく眺めていた。それから、相手にその意味が判るやうに微笑をし、目くばせをしながら、

    ことしの梅雨も明けて、温泉場繁昌の時節が来た。この頃では人の顔をみれば、この夏はどちらへお出いでになりますと尋ねたり、尋ねられたりするのが普通の挨拶になったようであるが、私たちの若い時――今から三、四十年前までは決してそんなことはなかった。

    房一が云ふと、喜作は突然びつくりするほど大きな口を開けて笑つた。

    「へーえ」

    「おい、やつは所長だぜ。まだ新任で、来たばかりなんだ。――行かう!」

    「御病人はどちらで?」

    男はじろじろと房一を見ていた。

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